星野ヒカルの仮想通貨関連小説

初めまして星野ヒカルといいます。仮想通貨の可能性に惚れこみ自ら仮想通貨の投資をやりつつ仮想通貨を世の中に知らしめたいと思いこのブログを開設しました。

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車8~



 
 2014年2月にビットコイン消失事件が起き、最終

的に500億円相当の被害が出て、同年4月にマウント

ゴックス社は事実上の経営破綻に追い込まれた。

記者会見の放送が流れてあっという間にこのビット

コインの取引高世界一と言われた取引所は崩壊した。

あまりにもあっけなくひとつの会社がこの世界から

消えたのだが、マウントゴックス事件が日本の社会

に残した物は大きかった。ビットコインの信用は地

に落ち、仮想通貨そのものが怪しい、危ない、詐欺

そんなイメージが日本人の頭にインプットされてし

まった。これは、後々判明した事なのだがビットコ

インが消失したのはハッキングが原因ではなく、マ

ウントゴックス社社長のマルク・カルプレスの横領

事件であったのである。つまりビットコインの仕組

みその物には何の不都合はなく、結局一人の人間が

起こした犯罪行為であったのだが、世間の見方は違

っていた。それは、そのときのマスコミの報道の仕

方が、まるでビットコインそのものが悪いかの如く

放送されてしまった為である。

それ故に今になっても日本では世界に比べてビット

コインの普及が格段に遅れるという結果を残してし

まっている。まあ、それはもう少し未来の話なのだ

が、ここは話を現在の浩一に戻してみよう。あれか

らの浩一はまるで、運命の女神から見捨てらたかの

ように不運が続いていた。

所有していたビットコインが全て無くなったのは当

然だったが、無くなる前にビットコインを多少現金

化していたのだがそんな物はすぐに底を尽き、たち

まち生活に困る事になり頼みの綱の母親に連絡を取

ってみたのだが・・・。

 

「もしもし、お袋」


 浩一はかなり切羽詰まった声で母親に言った。


「あ、浩ちゃん・・・・・」


 歯切れの悪い、母親の声で浩一は嫌な予感がした

のだがそれは当たった。母親の声の向こうに浩一の

最も苦手とする父親の声で「おい、携帯ちょっとか

せ」と言っている声が聞こえていた。


「おい、一回しか言わないぞ、よく聞けお前は勘当

だ。お前が今まで紀子から借りた金は手切れ金変わ

りだ。返さなくとも良い、その代わり親子の縁はこ

れで切る以上だ」


 ほとんど、怒号に近い声でそれだけ言うと父親

電話は切れた。こちらも、あっという間に親子とい

う細い糸がぷっつりと切れてしまった。完全に追い

詰められた浩一は、自分のプライドからここだけは

避けていたのだが背に腹は代えられず電話をしてみ

た。


「はい、坂田でございます」


 電話口に出たのは坂田和彦の母親であった。


「あの私は、和彦君の大学時代の学友で中村浩一と

言うものですが、和彦君は御在宅でしょうか?」


 浩一が言った。


「和彦ですか、和彦なら今は、出張でアメリカに居

りますが・・・」


 坂田和彦の母親の返事は、大方予想どうりだった

が、もしかしたら帰って来てるんじゃないかと心の

奥底で思っていた浩一の落胆は大きかった。


「そうですか・・・」


 浩一は丁重にお礼を言って電話を切った。坂田が

もし日本に帰っていたらどうにか頼み込んで坂田が

持っているビットコインを何とか譲ってもらうつも

りでいた。が、その望みは絶たれた。親も頼れない

し、友達もあてに出来ないとなるとこれしか無いな

と浩一はある決心をその時していた。


「仮想通貨の市場は、まだまだ成長を続けている。

そうだまだチャンスはいくらでも転がっている今

回は思わぬアクシデントで失敗してしまったが、

原資となる金さえ用意できればいいんだ」


 浩一は、そう考えていた。そうは言っても浩一

に投資に使える金を作れるあてなど無かった。サ

ラ金と考えたが、サラリーマンでもない浩一に金を

貸してくれるところなんて皆無だった。


「金が用意できれば、金さえどうにかできれば」


 浩一は、頭の中で昨日からその事ばかり考えてい

た。一晩中考えに考え抜いて浩一はある考えに辿り

ついた。

 

「よし、出かけるか」

 

 浩一は、アパートを出るとあらかじめ調べておい

た住所に行くべく電車に乗った。神田駅に程近いそ

の場所に着いた時は、もうお昼近くになっていた。


「ここか・・・」


 季節はもう葉桜の緑が眩しい5月になっていた。

そう大した距離では無かったのだが浩一の額には結

構な量の汗が浮かんでいた。額の汗を手で拭って、

立ちどまり見上げたビルの3階の電飾看板には少し

かすれた文字で、「阿久戸金融」と書いてあった。

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車 7~

 


「えー人生を生きて行く上で、、この世の中には三つの

坂があると言われています。先ず一つ目の坂は上り坂、

そして二つ目は下り坂、三つ目の坂がまさかと言う坂で

す」

 

これは、よく結婚式のお祝いスピーチなどで会社の上司

とかがたとえ話に使う事の多いフレーズであるが、その

まさかが浩一の身になんの予告も無しに、青天の霹靂の

ごとく起きたのだった。


「どうなってるんだよ、いったい・・・」


 浩一が、この異変を知ったのはたまたま入ったラー

メン屋に置いてあったテレビの放送でだった。事件の

概要はだいたいこんなものだった。2014年2月某

日マウントゴックス社のコンピューターに何者かがハ

ッキングを仕掛けてきてゴックス社が所有していた大

量のビットコインが一瞬にして盗まれてしまったと言

う事らしかった。

当然、浩一が持っていたビットコインも一瞬にして無

くなってしまった。ビットコインはいくら稼いでも仮

想通貨である限り日本政府の関与するところで無いと

いう利点があって税金の対象外という事だったのだが、

その反面こういう事態になっても日本政府はなんの関

与もしないつまり個人がビットコインでどんなに大損

しても何の救済もしないという事だ。つまり、すべて

は自己責任である。とはいえ、浩一のショックは大き

かった早速ゴックス社に問い合わせの電話をかけたの

だが


「ただいま、回線が大変混雑して電話が繋がりにくい

状態になって大変ご迷惑をおかけいたしております。

御手数ですがこのままお待ちになるか、しばらく時間

を置いてお掛け直し下さい」


 何度掛け直してもこの機械的な女性の声が聞こえる

だけだった。取り敢えず、浩一は渋谷にあるマウント

ゴックス社の本社ビルに行ってみる事にした。案の定、

本社ビルの前には大勢の報道関係者だったり、今回の

被害者とおぼしき人たち(これには浩一も含まれるの

だが)後はいわゆる好奇心だけの野次馬がやっぱり多

数来ていた。


「おい、兎に角中に入れろどういうことか社長の説明

を聞かせろよ」


 多分、被害者の一人と思われる青年が本社ビルの前

に立つ、警備員に詰め寄って叫んでいた。


「それは、残念ですが出来ません。関係者しか入れる

なと指示が来てるもんですから」


 警備員は、頑として入れないぞという顔でこう答え

た。


「ふざけるな、俺たちは被害者だぞ関係者も関係者、

大関係者だろうが」


 そうだ、そうだと周りからも声が上がっていた。

警備員は、最初二人だったが押さえ切れないと見た

のか後から応援の三人が来て五人になっていた。騒

ぎはだんだんと大きくなっていく様相が濃くなって

来て、誰が呼んだのかパトカーや警察官まで来てい

た。たかが一つの取引所で起きた事でここまでの騒

ぎになってしまったのはその被害金額の大きさのせ

いである。それもこれも、ビットコインの高騰のせ

いだったのだが今回ハッカーに盗み取られた言われ

ているその総額はなんと114億円相当との事だった。

その時、警備員を押しのけて独りの男がゴックス社

の正面玄関から出て来た。その手に持っていたハン

ドスピーカのスイッチを入れ男が喋り出した。


「皆様、この度は当社に突然の災難が降りかかりま

して皆様にも多大なるご心配をおかけしております

が、その詳細につきましてマウントゴックス社の社

長が本社社屋で時間は未定ですが、夕方記者会見を

行う事になりました。なお、混乱を避ける意味で中

に入れるのは報道関係者のみとさせていただきます。

以上です」

 
 それだけ告げるとゴックス社の社員と思われる男

は、ビルの中に消えていった。後に残されたものは、

もうこれ以上粘っても中には入れないと諦めて帰る

者や、それでもしつこく帰らず本社前で坐りこむ者

など人それぞれだったが、その中で浩一は一旦家に

帰ることにした。テレビで記者会見の模様が放送さ

れることをそこにいた報道関係者から聞かされたか

らだった。こんな寒い中夕方までこんなところに立

って待っていたって風邪をひくだけだと判断したか

らだ。変える途中コンビニで晩飯用の弁当とビール、

それにおつまみを買ってアパートに戻った時にはも

う午後4時を回っていた。浩一は部屋に入るとスト

ーブを点火し、リモコンでテレビのスイッチを入れ

たがまだ記者会見の放送は始まってなかった。


「取り敢えず、ビールでも飲んで待っとくか」


 浩一は、缶ビールのプルトップを切りおつまみに

と一緒に買って来ていたポテトチップスコンソメ

の袋をテーブルの上にひろげた。部屋にチップスの

香ばしい匂いが広がり1,2枚つまんで、缶ビール

をぐっと飲むとチップスとビールが口の中で混ざり

合い一気に喉を潤して行った。


「カーッ、旨いこの組み合わせは最高だな」


 浩一が、胸の不安をビールで消しながらそうやっ

て時を稼いでいるうちに午後5時になり、マウント

ゴックス社社長の記者会見の放送がやっと始まる所

だった。

 

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車 6~

 


 春に出た若葉がその盛りを過ぎ秋を迎え、色も眩し

い緑から赤く色づきやがて冷たい北風に耐えきれずは

はらと地面に落ちた。冬を知らせる白い雪がしんし

んとその落ち葉に積り、道路がまるで綿毛を敷き詰め

たように真白になり、そして暖かい春風が又、吹き出

した頃、2014年3月を迎えようとしていた。

 

「ここかな」

 

 と、浩一はつぶやいて立止まった。見上げた事務所

の看板には大木税理士事務所と書いてあった。あれか

ら、浩一の資産は億を超える額になっていた。浩一は

アルトコインで稼いだ資金を今度は全部ビットコイン

に変えたのだが何と、そのビットコイン買った当初こ

そ4万円台だったのが、高騰と下落を繰り返しながら

あれよあれよという間に12万円まで高騰して史上最

高値をつけてしまっていた。ここに至って、浩一もさ

すがにこの辺で日本円に変えとかないといくら右肩上

がりのビットコインでも、そろそろ大暴落するんじゃ

ないかと危惧し始めたのだ。仮想通貨のままだと、日

本ではこれを規制する法律がまだない現状なのでいく

ら稼いでも税金の対象にはならないが日本円に利確し

た時点でFXの取引と同じように、いやも応もなく税金

の対象になる。

 

「まさか、こんなに早く税理士事務所に行くことになるとはな…。」

 

 当の本人の浩一も信じられない気持だったのだ

が、こうなると税金の事には全く無知な浩一もせ

っかく稼いだ金をむざむざ税金でがっぽり取られ

るのも悔しいので、少しでも税金対策をしようと

この事務所まで足を運んだのであったのだが。

 

「どうぞ」

 

 事務員であろう年の頃で言うと20代後半に見える、

女性がお茶を運んできた。

 

「あ、どうも」

 

 浩一がお礼を言うと、事務員は少し気の毒そうな顔

をして小声で告げた。

 

「先生、いま来客中ですので少々お待ちください」

 

 事務所は、割とこじんまりとしていたが事務員

とおぼしき人は先程の女性ともう一人40年配くら

いの女性二人のようだ。先生と呼ばれたこの事務

所の責任者は浩一が座っているソファーとの間に

ある簡単な間仕切り用の据え置き式のカーテンの

向こうで何やらお客と話しこんでいる。

 

「いやーっ、どうもお待たせしました」

 

 15分ほど待たされて浩一の所に、やっと来たの

は60代後半くらいの痩せて眼鏡をかけたいかに

も税理士っぽい男だった。
 
「お電話でお聞きしたところによりますと、何や

ら相場で相当の利益が出て、その税金相談と受け

たまわったのですが、そういう事でよろしかった

ですか」

 

男は、名刺入れから名刺を取り出しながら浩一に

そう言った。

 

「はあ・・・。」

 

 浩一は、曖昧にそう答えた。名刺を見ると税理

大木実と書いてある。浩一が何か言いかけよう

としたとき、先程相談を受けていた客が帰ろうと

ドアーの所に行きかけていた。

 

「あ、ちょっと失礼」

 

 大木が言った。

 

「書類、整い次第またご連絡差し上げますので、

今しばらくお待ちください。それでは、御気を

つけてお帰り下さい」

 

 大木がそう言うと相手の客も軽くお辞儀をし

て事務所をでていった。結構、そつのない男だ

なと浩一は感じた。何せ、大金がかかっている

からな信用おける相手出ないと心配だ。けどそ

の点でこの大木という男は信頼できそうだなと

浩一は自分の事は完全に棚に上げて、待たされ

ている間そう考えていた。
 

「それでは、具体的にお聞かせ願いますでしょ

うか」


 客を送り出して、戻ってきた大木がそう言っ

た。浩一は、それからこれまでの経緯を話した

のだったが、これが予想以上に大変だった。な

ぜか?まず大木税理士が仮想通貨の事を全く理

解できなかったのである。株とか投資信託だっ

たら容易に想像できたのだろうが、話が暗号通

貨とういう全くもって新し過ぎるテクノロジー

なので大木の中にそれに対する知識がまるっき

り無い事でまるで話が噛み合わなかったのだ。

浩一はイライラする心と怒りの感情を抑えなが

らそれでもこの男にしてはめずらしく辛抱強く

話していた。どうやら、仮想通貨に関わったこ

の何カ月の間に今までかなりいい加減に生きて

きた、この中村浩一と言う男はそれなりに学習

し良い意味で人間的に成長したのかも知れなか

った。とにかく浩一はこの事務所に来てはっき

り分かったことが一つあった。世の中の人の仮

想通貨に対する認識はこの程度だと、ここが特

別なわけではなく世の中全体こうなんだとそれ

は浩一と大木の話を最初は好奇の眼で見ていた

二人の女性事務員の態度で解った。話が進むに

つれて浩一を怪しい儲け話をする詐欺師でも見

るように変わって言ったのだ。浩一は、心の中

で腹も立てていたが又逆の事も考えていた。実

際に俺はこの仮想通貨で資産を増やしているか

ら理解できるけど世の中の大半の人はまだ知ら

ないこれがどのくら凄いことなのかとそれだか

らこんな俺にもチャンスが巡って来たのだと、

そしてその大半の人がそのことを知った時には

すでに遅いという事も


「それでは、預金通帳にお金が振り込まれた時

点でまた寄らせてもらいます」


 結局、大木税理士が本当に理解しているのか

いないのか分からないまま、浩一は税理士事務

所を後にした。まあ、この際そんなことはどう

でも良かった。兎に角この日本に限らずどこの

世界でも現金を見せない事には話にならないと

いう事だけは解った浩一であった。浩一は何と

か解ってもらおうと思って結局、仮想通貨の説

明に一時間以上喋りまくっていた間に時刻はお

昼をとっくに過ぎていた。いらぬ、労力を使っ

てしまって急に腹が減ってきた浩一は通りのラ

ーメン屋に入った。


「すいません、ラーメン定食お願いします」


 この頃の、浩一はビットコインをときどき日

本円に変えていたので、もう前のように金に困

って食事にこと欠くはなくなっていた。出来上

がってきたラーメン定食を前に「さあ、喰うぞ」

とばかりに割りばしを、割ったとき店のテレビ

の声が浩一の耳に流れてきた


「今日、仮想通貨のビットコイン取引所の一つ

であるマウントゴックス社が大変な事態になっ

ています」

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車5~



 「いやーっ、危なかったもう少しでアパート追い出さ

れるとこだったよ」

 

 浩一が取り敢えずしたのは、住居費、光熱費、通信費

の支払いだった。先ずこれを押さえとかないとネットビ

ジネスどころかインターネットも使えないんじゃ笑えな

い笑い話になってしまう所だった。パソコンはちょっと

型は古いがアマゾンで安い中古品を注文して買った。こ

れで、何とか仮想通貨で一儲けするという足掛かりは出

来た格好だった。パソコンが届いたので、早速机の上に

置いた。今度はノートパソコンではなくデスクトップ型

を用意した。次にしなければならないのが、仮想通貨を

手に入れる為に取引所に承認してもらう事だが、承認は

難なく出来た。だが問題は資金だった支払いを済ませて

みれば手元に残ったのは十五万程でそこからさらに食費

を差し引くと十万位しか残らない計算になる。

 

「軍資金は、十万円か少し足りないけどこれ以上お袋か

ら借りられないしな、先ずはこれを増やす所からだな」

 

残暑とはいえ、暑さがまだ躰に答える季節だ。気温は

30度は軽く超えてるみたいだ、日頃運動もあまりせず

部屋の中ばかりいる浩一には町中に出るだけで重労働

だったが、出ないわけにはいかなかった。取引所の承

認その他はインターネットで済むが、さすがに入金は

実際に銀行に行かないと出来なかった。浩一が仮想通

貨関係で忙殺されていたこの一週間の間にビットコイ

ンは3万円から4万円台に値上がりしていた。浩一の心

の中で少し焦りの心が芽生え始めていたが、とにかく無

我夢中で準備をしていた浩一にはそれに気づく心の余裕

は無かった。手始めに浩一は、ビットコインでは無い仮

想通貨をそれも出来るだけ安い物を買ったのだがそれに

は訳があった。確かに、ビットコインはこれからも驚異

的に価格を上げるかも知れないが、いかんせん浩一には

資金力が無い今のあるだけの金を注ぎこんでも買えるの

はせいぜい2ビットか3ビット位のものだ。それではいく

ら爆上げしてもたかが知れていたそこで浩一が目をつけ

たのがビットコインが市場に出てからその後を追って雨

後の筍のごとく出て来たアルトコインと呼ばれる仮想通

貨達だった。もともと凝り性のこの男は仮想通貨やトレ

ーダーについて調べに調べまくったのである。ビットコ

イン以外で今から値上がりしそうな物とか将来性のある

物それに何といっても価格が安い物でないとだめだ。そ

れで、幾つかめぼしい物をピックアップしておいた中か

らこれはと言う仮想通貨を買った。

「よし、これで仕込みは出来たぞ、あとはひたすら待つ

だけだな」

 

 浩一の頭の中ではこういう計算が出来上がっていた。

先ずは手持ちの金の十万円を選びに選び抜いた仮想通貨で

倍にする。その倍にしたものをまた別の有望な仮想通貨に

撃ち込む後はそれをただひたすら繰り返す倍が4倍になり4

倍が8倍になりそして最終的に何百万となる計算だ。そこで

、その金でビットコインを買う後はビットコインが上がるの

を見てるだけで良いと言う寸法だ。だが、世の中そんなに甘

くはない浩一が考えているようにそう簡単に事が進めば誰も

苦労などはしないと普通はそう思うのだが、この時どうやら

浩一には運命の女神がちょっとだけ微笑みかけたらしく正に

浩一が現金を仮想通貨に換えたその時から異常なまでのバブ

ルが仮想通貨の世界で始まりかけていたのである。正に浩一

が買ったアルトコインは最初日本円にすれば0.1円位だったも

のが短期間で瞬く間に1円になり10円にまで駆け上り最終的に

は百円台まで値段をつけてしまった。こんな事がたったの一カ

月間に起こった出来事だった。

 

「笑いが止まらないというのはこういう事を言うんだな」

 

 と浩一は思っていた。何の事はない、最初考えていた倍々ゲ

ームなどする必要もなく浩一は十万の原資を何と千数百万円ま

でに押し上げていたのである。後は最初の計画通りこのアルト

コインからビットコインに乗り換えるだけであった。だが、そ

の前にする事がもう一つあるビットコインを取り扱う取引所の

選定だ。と言っても今日本でビットコインを取り扱っている取

引所は全部で7カ所だった。外国の取引所という手もあるが英

語圏でもあるし何かあったときにやはり日本の方が便利が良い

だろうという事で浩一は,その7カ所の中でも世界的に一番取

引高の多い取引所に決めていたが、どんな感じの取引所か調べ

てみようという単なる好奇心で浩一は連絡を取ってみることに

した。

 

「トゥルルートゥルル―」

 

携帯の呼び出し音が聞こえ直ぐ相手が出た。若い女の声がした。

 

「はい、こちらは仮想通貨取引所のマゥント・ゴックス社でご

ざいます」

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車4~



窮鼠猫を噛むと言うが、人間も例外ではないらしい

浩一が坂田からもらった仮想通貨を失ったのがちょ

うど一週間前だったが、それからのこのダメ男の行

動は早かった。普通の人間だったら失った物が大き

ければ大きいほどがっくりきて暫くは動けないもの

だが、どういう訳か浩一はがぜんスイッチが入って

しまったらしい、まず、仮想通貨の事を徹底的に調

べ出した。金がないのでちょっと情報は古いが公立

の図書館に行ってネットビジネス関係の本を借りま

くった。なけなしの金をはたいて、最新の仮想通貨

の事が書いてある本も一冊だけは買った。

 そして、調べれば調べるほど仮想通貨、正式には暗

号通貨と言うらしいが、このネット社会が生み出し

た画期的なイノベーションに浩一はある種の興奮と

未来を確信していた。

 

「これは間違いなく、来るな」

 

 浩一は、独り言をつぶやいた。仮想通貨の事を調べ

出して一週間だが、最初は漠然とした予感だったのが

段々とこれはひょっとしてすごい金儲けができるとい

う確信に変わって行った。 確かに、坂田から貰ったビ

ットコインを失った時にはさすがにショックを受けた、

なにせあの時失ったコインを日本円に変えると総額は

三千八百五十万円だったのだ。俺は何て高いハンバー

ガーを喰ってしまったんだろうと暫く落ち込んでしま

っていた。しかし、何といってもこの男の切り替えの

早さは前にも言ったが天才的なのである。この時、浩

一はこう考えたのだ。確かに失った物は大きかったが、

代わりに得たものの方が遥かに素晴らしかったんじゃ

ないのかと、それは同時に仮想通貨の影響力というも

のに驚いたという事に他ならない。ここ四、五年とい

う短期間にこれほどの値上がりを見せるというのは株

式とかFXの世界でもあるにはあるが、その比ではない

ような気がするのだ。し かもビットコインの値上がり

はもう爆上げに近いものでまだまだ上がる様相を見せ

ているのだ。

 

「まだ、遅くはないはずだ。仮想通貨は今始まったば

かりだ。この波に乗れさえすれば俺の人生奪還一発逆

転も夢じゃない」

 

とは、いうものの浩一にはあんまり気乗りしないのだ

が、どうしてもやらなくてはいけない事があった。そ

れも、早くやらないと意味がないのだ電話の回線が料

金延滞で切られる前じゃないと、浩一はおもむろに携

帯をつかんだ。

 

「はい、中村です」

 

 耳に聞きなじんだ母親の声が聞こえてきた。

 

「もし、もし俺だけど・・・浩一」

 

 少し、躊躇して浩一が返事をした。

 

「あ、浩ちゃん久しぶりねどうしたの何か用?」

 

 要件は、解ってるし言うこともはっきりしている

のだが中々言い出せない浩一だった、それでも意を

決して話し始めた。

 

「実は、お袋におりいって頼みがあるんだけど」

 

「どうせお金の事でしょ、解っているわよ幾らいる

の?」

 

 察しのいい親だなといつもながら浩一は感心して

いた。どうも浩一のダメ男っぷりはこの母親の甘や

かしに原因があるようだ、実は浩一の金の無心は今

日が初めてではなかった。何回も、会社を辞めてい

る浩一はそのたびに今回のように父親には内緒で母

親から金を借りていたのだ。

 金を借りるとは言っても一回も返したためしはない

のだが、そんな性格の浩一は人一倍厳格な父親とは

当然合わなくて実家と疎遠になってからもう何年に

もなる。

 

「それで、今回はどの位いるの、私も使えるお金が

限られてるからあんまり多くは貸せないわよ」

 

 と母親の法子が言った。

 

「悪いけどさ、三十万程貸して貰えないかな、いつ

になるか解らないけど必ず返すから」

 

 こんな、さらさら守る気も無い事を平気で言える

のが浩一と言う男だった。それを鵜のみにして金を

貸す母親も母親なのだが、まあ似たもの親子なのか

もしれない・・・

 

「お袋、いつも済まないこれで何とか急場をしのげ

る、けど親爺には内緒にしてな」

 

 それも、紀子がいつも聞く浩一のセリフだった。

そしてまた母親の方の返事もいつも一緒の事を言っ

ていた。

 

「解ってるわよ、それより振り込みする口座はいつ

もの所でいいのね」

 

「ああ、それは変わらないじゃ悪いけど頼んどくね」

 

 これで、浩一はなんとか仮想通貨に投資する原資

を得たのであるが、浩一の頭の中ではこの元手を使

って億の金をつかむ計画を着々と練っていた。犯罪

ではないはずなのだが、この中村浩一と言う少し、

いやかなりいい加減な男が絡むと犯罪でもするよう

に錯覚するのは作者だけだろうか?ともあれ、浩一

の人生奪還ゲームがこの日ついに始動したのだった。

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車3~


 季節はいつの間にか、夏から秋に変わろうとしてい

た。うるさかった蝉達も随分と少なくなり、今はひぐ

らしが切なげにカナカナカナと鳴いている。浩一が、

坂田と酒を飲んでからもう二ヶ月近く経っていた。

失業保険はとっくに切れていたが、それでも浩一は

まだ職探しに行ってなかった。それから一カ月いよ

いよ金が本当に底をつき食べ物にも事欠きだし、随分

と遅すぎるがここに至って初めて浩一はやっと動き出

した。

 

「さて、どうするか何か金になるものは無かったかな」

 

 ガサゴソと読み捨てられた雑誌の山を取り除くと最近

全然使ってなかった埃まみれのノートパソコンが出てき

た。

 

「お、あったあったこれを誰かに売れば二日分位の飯代

は出来るかも知れんぞ」

 

 試しにパソコンの電源を入れ起動してみると動く、イ

ンターネットはどうかなと操作すると意外にもちゃんと

繋がった。すっかり忘れていたが、ここで浩一は坂田と

交わした仮想通貨をもらえるという約束を思い出してい

た。

 

「坂田の奴、本当に送ってくれたのかな?あいつ意外と

忘れっぽい所があるからな」

 

 浩一は、自分の事は棚に上げて坂田の悪口を言いなが

ら坂田に教えられたように操作してみた。この、中村浩

一と言う男は人間的にいい加減なところがあるがただ一

つの取り柄があった。それが、理数系に対する頭の回転

の良さだった。まだインターネットが一般的でない頃か

ら浩一はこの世界にどっぷりとはまっていた。そんな浩

一からしたら坂田に教わった操作は、朝飯前の事であっ

た。

 

「よし、これで操作は終わり、後はここをクリック!」

 

 パソコンの画面にビットコインの文字が浮き上がった。

 

「おお、入ってるな何々ビットコインが、なんだよたっ

たの1000コインかよ、坂田の奴しみったれてんなし

かも買った時の値段が確か日本円にして0.00067

円だったよな」

 

 計算するまでもなかった。せっかく貰ったけど、今の

浩一からしたらこのビットコインは数字のゴミにしか見

えなかった。それから三時間後、浩一は近くのハンバー

ガーショップで久しぶりの昼食にありついていた。パソ

コンは通りを歩いていて、たまたま声をかけた大学生ら

しき奴に売った。粘って交渉したが、結局五千円にもな

らなかった。その帰りがけ浩一は大型家電ショップに寄

った。金は持って無かったが、長年愛用したパソコンを

売っぱらったので最新のパソコンをちょっと覗いてみる

気になったのだ。 あちこち、店内をうろうろして少し

疲れたので大型テレビのコーナーのソファーで休憩をし

た。テレビでは普通にニュースを流していたので何気に

見ていたが、画面ではニュースキャスターの女が喋って

いた。

 

「えぇ、最近何かと話題の仮想通貨ですが、そのビット

コインの1コインの相場が三万八千五百円という事で最

初の頃それこそ万の単位でこのコインを買われた方と言

うのは、ちょっと計算するのが恐ろしくなる位の金額に

なりますね」

 

 何気なく、聞いていた浩一だったがキャスターが言っ

た金額を聞いたところでソファーから飛び起きてしまっ

た。浩一の頭の中では、さっき売ってしまったパソコン

の中のコインの数と今聞いた相場の金額を瞬時に計算し

ていた。

 

「し、しまった」

 

 慌てて、さっきノートパソコンを売った大学生と会っ

た場所にひき返したが、後の祭りであった。そこには、

学生の姿はある筈もなかった。呆然と立ち尽くしている

浩一をあざ笑うように秋の風に舞った枯葉が包み込むよ

うに飛び回っていた。

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車2~


「いやーっ、お前最高のタイミングで連絡してくれた

  わ」

 

  浩一が、ビール片手に満面の笑みで喋っている。 正

面に坐っているのは、坂田和彦という名前で浩一の 大

学の学友だった。

 

「びっくりだよ、久しぶりに日本に帰ってきたからお前

の顔でも見ようかと思って電話したらいきなり腹減って

るから飯おごってくれだもんな」

 

 坂田はそう言った後、お湯でさっと茹でて少量の塩

を まぶしてある枝豆を指でしごいて中の実を出すその

艶や かな緑が食欲をそそる、それを口に放り込んだ。

 

「悪かったな、実は色々あって会社辞めちゃってさ金欠

 でピンチなんだよ」

 

 二人が飲んでいるのは、昨日店の裏で浩一が散々殴ら

 れたあの居酒屋だった。

 

「お前、また会社辞めたのか?大学卒業してから幾つ

会 社変わってるんだ。それにその顔、腫れちゃってひ

どい 事になってるぞ」

 

「あっ、この顔かちょっと飲み過ぎてアパートの階段

で 転んじゃってさ・・・・。それより、どうだ商社の

居心 地は又すぐアメリカに戻るんだろ」

 

「ああ、今度は少し長びくことになるかも知れん取引

の 価格の事で揉めていてな、ほら去年アメリカで起き

た大 干ばつあれが響いてトウモロコシの値段が暴騰し

てるん だよ」

 

「ふうーん、相変わらず忙しそうだな坂田の事本当に尊

 敬するわ、一つの会社によく何年もいられるってな」

 

浩一が冗談っぽく言った。

 

「なんか、その言い方だと馬鹿にされてるように聞こえ

 るけど」

 

 坂田がちょっとむっとした顔で言ったので、浩一が

大 げさに手を振って答えた。昔からこの男は少し上か

ら目 線の発言が多いのであるが、今日は奢って貰わな

くちゃ という弱みもあって慌てて弁解をした。

 

「ごめん、ごめん、そう思わせたんなら謝る。失敬

した 。それよりアメリカでなんか面白い事なかった

か?」

 

 こういう立場が危うい場面になると、この男の切り替

 えの早さは天才的である。

 

「そう言えば、今思い出したんだけど何年か前アメリカ

 の取引所でビットコインという物を買ったぞ」

 

ビットコインなんだそれ?」

 

  浩一が、真顔で聞いて来たので坂田はそれに答える

よ うに話し出した。

 

「うーん、俺もあんまり詳しくは知らないんだけどな

ん て言ったかな仮想なんとかって言ったな。とにかく

友人 があまりに進めるんで手持ちの金があったんで買

ったん だよ」

 

 ジョッキのビールの泡が下から次々に押し寄せて炭

酸 の小さな気泡で満たされて行く、泡ごとぐっと飲ん

だつ もりだったがいつのまにかまた次の泡の塊が出来

ている 。坂田はそれほど酒が強くないがこの悪友に乗

せられて 結構飲んでいた。当の浩一の方は三杯目の生

ビールを頼 んでいる。

 

「さっきの、仮想なんとかってお前それ詐欺なんじゃ

な いか食わせ物つかまされたって、とこじゃないの」

 

「いや、その友人はお前ほど食わせ物じゃないよ」

 

 坂田が本気できっぱり言ったので、浩一は少し鼻白ん

だ顔をして苦笑した。そう言ったものの、 坂田も今の

いままで浩一にそう聞かれるまでは 、それを買ったこ

とさえも忘れていたのだった。

 

「そう言えば、今朝のワイドショーでやってたな仮想

通貨の事、なんか今話題になっているみたいだけどな」

 

 と、浩一が言った。

 

「ふーん、そうなんだ。じゃっ欲しかったらやろうか

 お前のパソコンのインターネットはまだ生きているん

 だろう。簡単に送れるみたいだぞ」

 

 好物のホッケの身を器用にくずしながら坂田が言っ

 た。浩一はほんの一瞬考えたが即座に答えた。

 

「いらねえよ、でも現金なら貰ってやってもいいぞ」

 

 浩一が、冗談とも本気ともつかないことを言ったの

 で、坂田は食べていたホッケを喉の気管に入れたみた

 いで苦しそうにむせながら言った。

 

「よく言うよお前な、学生時代に俺が貸した金まだ返

 してもらってないぞ」

 

 自分で、藪をつついたのに気づいた浩一はあわてて

 言い直した。

 

「あっ、前言撤回。やっぱり貰えるもんなら貰いた

い わ」

 

 しかし、この一言がこののち浩一の運命を大きく左

 右する一言だったとはこの時、坂田も浩一も全然気づ

 いていなかったのだ。