星野ヒカルの仮想通貨関連小説

初めまして星野ヒカルといいます。仮想通貨の可能性に惚れこみ自ら仮想通貨の投資をやりつつ仮想通貨を世の中に知らしめたいと思いこのブログを開設しました。

【仮想通貨関連小説】~ REGAIN 1 ~

 

REGAIN

 


 不覚にも寝てしまっていた。昨夜、深夜放送でやって

た映画「それでも、僕はやってない」が面白すぎてつい

最後まで見てしまったのがいけなかった。それから、直

ぐ寝たけど既に午前3時を回っていた。ハッと眼がさめ

て気がついたときには,すでに降りるべき駅を通り過ぎ

た後だった。


「まずい、まずいぞ会社に遅刻してしまう」


 次の駅に着いて、僕は電車のドアーが開くと同時にダ

ッシュで乗り換え口に向かおうと走りかけたその時いき

なり手をつかまれた。


「この人、痴漢です誰か駅員さん呼んでください」


 見知らぬ女子高生らしき女の子が僕の手をつかんでい

きなり叫び出した。


「はっ?」


 僕は、何が起きたか解らず呆然とつかまれた手とその

女の子を交互に見るのが精いっぱいだった、が、一瞬で

理解した。昨夜の映画の記憶がいきなり甦ってしまった

のだ。そしてその後の結末も映画の主人公がどうなって

しまうのかも・・・


「俺、会社辞めさせられんの」


 頭から血の気が下がって顔面蒼白になってる僕に向っ

て女子高生が何か喚いているのだがあんまり耳に入らな

かった。


「ちょっと、あんた聞いてんの何シカトしてんのよ!こ

の変態痴漢野郎」


 周りが騒然となって、非難の眼が一斉にこちらに向け

られているのが解る。「うわーこれも映画と同じだ」と

僕が絶望的になった時、誰かが呼んだのだろう若い駅員

がやって来た。


「えーと、すいません。あなたが痴漢被害を受けた方で

すか?」


 と、駅員が女子高生に聞いている女の子は僕の手をし

っかりと捕まえたまま眼には涙を浮かべながら頷いて答

えている。僕が潔白なのは僕自身が一番解っている訳で

そうであれあの涙は一体何なんだあれが演技とすれば女

子とはなんて恐ろしい生き物なんだ。何て、呑気なこと

を僕が考えてる間に事態はどんどん悪い方向に向かって

いた。


「じゃあ、とりあえず事務室にお二人とも来ていただき

ますか」


 そうなんだ、ここで逃げてもし捕まったら完全にクロ

だし、たとえ事務室で身の潔白を言っても多分誰も信じ

てくれないのが関の山、そのうち警察が来たらそれで僕

の未来はそこでお終いだ。うな垂れて駅員と女子高生に

挟まれるように事務室に連れていかれようとしていたそ

の時三人の後ろから女性の声が突然聞こえた。


「その人、痴漢してませんよ」


 三人が、一斉に振り向くと一人の若く、凛とした眼が

爽やかな一人の女性が立っていた。


「なによ、あんた突然出てきてこいつが痴漢やってない

って証拠でもあんのかよオ・バ・サ・ン」


 女子高生は自分の意見が真っ向から否定されたのがか

なり悔しかったとみて噛みつかんばかり勢いで怒鳴った。


「あるわよ」


 その、若い女性は落ち着いて答えた。


「あなた、私がその人の隣に座っていたの知ってるの?」


「えっ」


女子高生の顔に明らかに動揺が走った。


「知らなかったみたいね、あなた電車のドアーが開いた

時点で獲物を探して、たまたま捕まったのがその人って

事じゃないの」


さっきまで、噛みつきそうな勢いだった女子高生が急に

借りてきた猫のようにおとなしくなった。そこまで聞い

ていた若い駅員が二人の中に割って入って来た。


「まあ、こんな所で話すのも何ですから4人で事務室に

行きませんか」


 駅員が最初に僕の方を向いてそう言ったので仕方な

く頷いた。女子高生も渋々行く気になったみたいで駅

員の後ろからついて行く、駅員、女子高生、僕、そし

てあの若い女性が縦に並んで歩きだした時女性が僕の

耳にそっと囁いた。


「いまよ、逃げるのは」


「えっ」と言う間もなく僕は女性に手を引かれて走っ

た。駅員と女子高生は気づかずにそのまま事務室の方

へと歩いている。 もう、振り向きもせず猛ダッシュ

で二人はその場から離れた。遠くで「逃げたー」とあ

の女子高生の声が小さく聞こえたがその時は僕たちは

すでに改札を抜けていた。

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車 12~

 

 

十二


 成田国際空港は、千葉県成田市の南東部、三里塚

にある国際空港で長年にわたる空港反対運動を経て

現在ではレベル3とも言われる混雑空港に成長してい

た。その空港の第一ターミナル南ウイングに重低音の

エンジン音を響かせて一機の航空機が到着した。空港

ロビーは混雑していたがその中でも、上背があるその

男はひときわ目立つ事を気にしてか少し猫背気味に歩

いていた。


「スカイライナーの出発時間には、まだ少し早いか・

・・」


 時計を見ながらそうつぶやいたのは長いアメリカ出

張から、1年ぶりに日本に帰国した坂田和彦だった。

坂田は空港内にあるレストランで昼食を取り都心に向

かう電車に乗りこんだのだが、その車内の座席に坐り

ながら傍らのバッグから手紙を取り出していた。手紙

の送り主の名は中村浩一とあったのだが、坂田がニュ

ーヨーク支社に届いていたその手紙を見たのは、仕事

もひと段落着いたつい最近の事だった。内容は以前坂

田が浩一に送ってやった仮想通貨の事であった。その

手紙には出来ればもう少し仮想通貨を分けてもらえな

いかという事だったのだが、いかんせん坂田の仕事が

忙し過ぎて連絡を取ったのもつい最近の事になってし

まっていた。しかし、携帯はすでに料金延滞でもした

のか全然つながらなかった。


「中村の奴、わざわざこんな手紙よこすなんてよっぽ

ど困ってたのかな 坂田は、浩一の実家にも連絡を取

ってみたのだが父親が出て「あいつは、勘当したので

家とは一切関係ない」

けんもほろろに切られてしまった。それで、坂田は

実家に帰る前に浩一のアパートに向ったのだが、坂田

が杉並にある浩一のアパートについたときにはもう既

に午後2時を回っていた。階段を登り切った2階の一

番奥が浩一の部屋だったはずと表札を見たが、もう既

に別の名前に変わっていた。無駄だとは思ったがドア

ーのチャイムを鳴らしてみた。


「はーい」


 と、いう声と共に玄関のドアーを開けて出て来たの

は23才位と思われる子供をおぶった若い母親であった。


「何の、御用ですかセールスならお断りですよ」


 若いに、似合わずつっけんどんな言い方でその女は

坂田の方を見ながら言った。


「あ、いやセールスではありません。実は以前この部

屋に住んでいた中村と言う人をご存じないかと思いま

して」 少し、怪しむような視線で若い母親が言った。


「ああ、そんな事なら大家さんに聞いて下さい、うち

もここに引っ越してきたのついこの前何です。それに

ーあなたで二人目ですよそんなこと聞かれるのは、あ

なたと違ってガラの悪そうな二人組でしたよ。こちら

も迷惑してるんですけど何かやったんですかその人」


 大家の住所と電話番号を聞いた後、坂田はアパート

を早々に出て大家の所に向かった。すぐ近所に住んで

いるという事で少しホッとしていた。大家の家はすぐ

に見つかった。かなり年数は立っているものの和風建

築のかなり大きな家である。玄関のチャイムを鳴らす

と出て

来たのは腰のしゃんとした元気そうな老婆であった。


「どなた?」


 ひとしきり、さっきアパートの若い母親に話したの

と同じ説明を繰り返した。すると老婆はそれまでのむ

しゃくしゃをまるで坂田にぶつけるように話し出した

のである。

 「いやね、あたしゃあんたに何の恨みも無いんだけど

ね。あんた、あの中村って男の友達かなんかかい?だっ

たら悪いこた言わないよあんな無責任な男とは縁を切っ

た方が良いよ」 ここから始まって坂田和彦は、結局

一時間余りこの老婆の愚痴を聞かされる羽目になった

要約するとこんな事だった。どうやら中村は、金融業

者それもかなり質の悪い連中から借金をしてたらしい

アパートの家賃も滞納するぐらいだから当然その金融

業者の借金も返せず挙句の果てに踏み倒しにかかった

らしいのだが、その方法が仮病で救急車を呼び出すと

言うものだった。病院に運ばれたその後は病院から逃

げ出し今は行方不明らしいのだ。

 

「あたしゃ、大家をもうそれこそ何十年とやって来て

るけど初めてだよ。あんな無責任な間借り人は、家賃

は払わないは借金は踏み倒すはおまけに親からも勘当

されたって言うじゃないか」

 

 たまりにたまった愚痴を散々聞かされ、ほうほうの

体で坂田は大家の家を後にした。結局、滞納したアパ

ートの家賃と闇金の借金は中村の母親が肩代わりした

らしい

のだが、これは後に亭主に黙って家の金を使ったのがば

れて中村の母親は離婚されると言う羽目に成ったらしい。

坂田は、実家に帰る道すがら沈鬱な気持で歩いていた。

中村がこんな事になったのは、奴のいい加減さもあった

かも知れないがその引き金になったのがあの仮想通貨に

」あったような気がしてならない坂田であった。

仮想通貨の高騰は坂田もテレビのニュース等で知ってい

たのだが、それ故にあの時居酒屋で軽く仮想通貨をやろ

うかなどという事を自分が言わなければここまでの事に

はなっていなかったかもしれないのだ。仮想通貨で一発

当てようとした挙句大損をしてしまった友だちが今はた

だ生きててくれれば良いがと、それのみを望む坂田では

あった。いつの間にか降り出した雨が本降ぶりになりか

けていた。坂田はもうすでに肩をぐっしょり濡していた

が、雨を落としている天空の雲をいっときじっと睨んで

しかしすぐ顔を前に向き直して雨にけぶる銀杏並木の通

りを駆け抜けて行った。その姿は、降りしきる雨がすぐ

に消してしまって、今はもう跡形も無くなり道路に当た

った雫がまるで生き物の様に飛び跳ねているばかりであ

った。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車 11~

 

十一


 昔からピンチはチャンス、チャンスはピンチという

言葉があるが、それは日頃の努力が実ってやっと運を

つかみかけている者を指す言葉で浩一の場合、この場

面でのピンチは本当の意味のピンチで闇金の連中にも

し拉致でもされたら、これはちょっとシャレにならな

い状況に成る事は誰の目にも明らかだった。それに今

の所金を返す当てもない浩一なのだが、たった一つ望

みがあるとすれば仮想通貨の相場が又暴騰する事なの

だ。それには兎にも角にも時間が必要なのだが、その

時間は、やがて午後十時を過ぎる所だった。


「そろそろ、仕掛けてみるか」 


 浩一は真っ暗闇の中でポツンと呟いてスマホを取り

出し電話を掛けた。呼び出し音が鳴りやがて相手の声

が聞こえてきた。


「はい、こちら東京消防庁です。火事ですか、救急で

すか」


 相手に聞こえる最小限の言葉で、浩一は話した。さ

っきカーテンの隙間からのぞいたら、やはり昼間の男

がまだ立ってタバコを吸っているのが見えていた。極

力この会話を気づかれない様にしなければならなかっ

た。浩一は出来るだけ弱々しい声で相手に伝えた。


「すいません、体調が悪くて吐き気もするんですが救

急車を呼んでもらえませんか」


「分かりました。先ずあなたの住所を教えていただけ

ますか?」


 丁寧に解りやすく相手に教えた勿論、出来るだけ気

配を消してだが、一番近くの消防署から出動するらし

いのだが、それでも二十分ほど到着に掛かると言われ

た。浩一はドアーに取り付けてある覗きレンズからそ

っと外の様子を窺って、それからカーテンの隙間から

裏の露地を見てみた。暗かったが男が立っているのが

見える。


「良かった、まだ気づかれてはいないな」


 そう言うと、浩一はそっと洗面台の方に移動してい

た。洗面台の右の小さな引き出しを開けてそこから薬

の箱を取り出した。


「まさか、こんな状況でこれが役に立つとはな」


 それは、睡眠導入剤だった。まだ浩一が会社勤めの

頃、仕事が上手くいかず軽い不眠症を患った事があっ

た。その時に薬局から買っていたものがまだかなりの

量残っていたのだ。ちょっと危険だったがこの際そん

な事は言ってられなかった。コップに水をなみなみと

入れ浩一は全ての錠剤をすべて手のひらに移し一気に

飲みこみコップの水で無理に流しこんだ。程なく頭が

朦朧となって来た。暗やみの中で気配を殺して待って

いるのだが、そのたった20分が浩一には永遠に思える

ぐらい長かった。暫くするとボーっとしている意識の

中で、遠くの方から救急車のサイレンの音が近づきや

がてアパートの下で止まったのが解った。アパートの

ドアーが無理にこじ開けられる音が聞こえた。


「大丈夫ですか、私の声が聞こえますか」


そう連呼する声に交じって時どき誰かが、かなり激し

い口調で怒鳴っている声も聞こえた。


闇金の連中か・・・」


 心の中で浩一はそう思っていたが体の状態は想像以

上に悪くなっていた。実は、この思い付きのアイデア

は以前テレビで見た何かの特集番組だった。今現在、

社会問題になっている中の一つにいたずらではないの

だが、単なる腹痛とかちょっとした擦り傷程度で簡単

に救急車を呼んでしまう人が、年間にするとかなりの

数で発生していてそれが本来直ちに駆け付けなければ

ならない重篤な患者の妨げになっているというものだ

ったのだが、それを悪いことだとは思ったが浩一は利

用しようとしたのである。だが、ただの仮病だとすぐ

にばれてしまうのが落ちなので、本当に病気になる必

要があると思って先程の睡眠導入剤の事を思い出した

のだがこれが殊のほか効いたみたいで、当の本人の浩

一は少し後悔していたのだが、担架に乗せられ頭がグ

ルグルと廻って本当に気分が悪くなり吐き気も嘘でな

く襲って来ていた。後は、ただ救急車のサイレンの音

と時々目を開けると救急車の天井が目まぐるしく回っ

ているのが見え、やがてそれも分からなくなり意識は

カオスの中に消えて行った。

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車 10~


 夢の中で浩一は大きな歯車に挟まれ苦しんでいた。

やがてその歯車が、大きな力でいきなり歪みはじめて

浩一の身体を押しつぶすように回転し始めたのである。

浩一の肉体は捻じ曲げられ内臓は飛び散りその四肢が

バラバラになったところで眼が覚めた。


「嫌な、夢を見たな・・・・・」


 浩一がキャバクラを出てアパートの自分の部屋に戻

って床に就いたのは、もう夜明け前に近かった。ベッ

ドから起き出した時には、時刻はもう午前11時を過ぎ

ていて、飲み過ぎのせいであんな夢を見たのかなと思

いつつもトイレを済ませ台所に行きコップ一杯の水を

乾ききった喉に一気に流し込んだ。まだ、アルコール

が身体中に残っているのが解った。二日酔いの頭でパ

ソコンの前まで来て起動のスイッチを押した。


「どれどれ、どのぐらい今日は増えているかな・・・

・・」


 そんな、呑気なことを言っていた浩一だったがパソ

コンの画面を見た途端、言葉を失ってしまい、呆けた

人の様にあんぐりと口を開けたままになってしまって

いた。


「何だよ、何なんだよこれは」


 と、浩一が唖然としてつぶやいたのも無理なかった。

昨日まで留まる所を知らない勢いで上昇していたビッ

トコインが何という事か一晩で大暴落を起こしていた

のである。


「嘘だろ、こんな事ある筈が・・・」


 浩一は、そう言いながら急いでほかのコインの相場

も見てみたがビットコインに引きずられでもしたのか

ほとんど同じく大暴落を起こしていた。浩一がこの一

週間で増やし続けた資産はものの見事にその価値を無

くし雲散霧消していた。浩一の顔から血の気が一瞬に

して引いていた。今は何も考えられなくなったその顔

は変に歪み、顔面蒼白となってしまっていた。それか

らの浩一はパソコンの画面を寝る事も忘れて、ずっと

見続けていた。


「相場は、一度落ちても必ず復活して又上昇する筈だ」


 浩一はそう考えて、寝ずにパソコンの画面を見てい

たわけだが無情にも大暴落を起こした仮想通貨の相場

は中々元には戻らなかった。戻るどころかますます下

降線をたどっていた。実は、この時の浩一の考えはあ

ながち間違いではなく時を置いてビットコインはこの

時の暴落して損をした分を簡単に取り戻す位に跳ね上

がって行く訳だがそれはまだ当分先の話である。しか

し、この時の浩一はとことん運から見放されていたも

のらしくそれをひたすら待ち続ける時間は無かった。

なにせ闇金から借りた金の返済期日が明日に迫ってい

たのである。


「どうする、時間がないぞ何か考えろ、考えろ、考え

るんだ」


 結局、良いアイデアは中々浮かばず時間だけが刻々

と過ぎて行った。そして、借金返済の当日の朝を迎え

る事になった。浩一が必死になって出した結論、借金

取りから遁れる一番シンプルな方法それは居留守を使

う事だった。そして、夜になるのを待って逃走を図る、

兎に角時間を稼ぐことを浩一は考えていた。きっと、

逃げ回ってる間に俺の持っている仮想通貨が必ず復活

して闇金の借金くらい簡単に返せる様になる筈だ。い

やきっとそうなる資産が減ったと言っても買った仮想

通貨のコインの数は、変わらない相場さえ元に戻れば

いやそれ以上に上がれば一瞬にして俺の資産は取り戻

せるはずだ。浩一がそう思った時コンコンとドアーを

ノックする音が聞こえた。


「おはようございます。阿久戸金融ですが、いらっし

ゃいますか」


 ドアーが何回も叩かれたが、当然居留守を使ってい

る浩一は返事をできる筈もなく部屋の隅っこで阿久戸

金融の社員があきらめて帰るのをひたすら耐えて待っ

ていた。


「おかしいな、こんな朝っぱらからどっかに出かけと

も思えんが」


 少し、関西訛りが入ったドスの利いた声が聞こえて

言いた。


「おい、お前はここで見張って居ろ俺は社長にこのこ

とを報告してくるから、もしかしてあの野郎バックレ

やがったかもしれん?」


「はい、わかりました」


 ドアーの外のこんな会話を聞きながら、浩一はとに

かく物音を立てないように身をすくめていた。生きた

心地のしない時が過ぎて行った。二時間ほどしたらや

っとあきらめたのか奴らの気配がしなくなっていた。

浩一は、そっとカーテンの隙間から外をのぞいてみる

と、案の定裏手の露地に一人立っていた。多分階段の

下あたりにもう一人見張りがいると思われた。


「さて、どうやって逃げるか兎に角夜が来るのを待つ

しかないな」


逃げる準備は既に出来ていた。パソコンのたぐいは天

井裏に隠した。これは仮想通貨の相場が元に戻った時

の為だった。後は、逃げているときの食糧費これだけ

は何とか確保しておいたが、問題は奴らの眼をかいく

ぐりどう逃げおおせるかだった。浩一はその一番大事

な所の作戦はまだ考えていなかった。時だけが過ぎて

行きやがて夕方になり闇が辺りを包みはじめた頃、浩

一の頭にある考えがやっと浮かんだのだった。

 

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車9 ~

 

 

 


 灯りを消した部屋で、浩一はパソコンの前に坐って

いた。その顔はパソコンの画面の青白い光に照らされ

闇の中に不気味に浮かんでいた。その眼はパソコンの

前においてある紙袋をじっと見つめている。紙袋の中

には昼間浩一が阿久戸金融から借りた三十万円が入っ

ていた。浩一が金を借りた阿久戸金融とは、法の網を

かいくぐるやり方で商売をしている者が営む、いわゆ

闇金と言われる所だった。当然浩一のようなサラ金

も相手にしない者に金を貸すのであるからその利子は

世間一般からしたらとんでもない法外な額である。普

通考えたら正気の沙汰ではないのであるが浩一のよう

に追い詰められている者にとっては、そんな所でも地

獄でキリストにでも出会ったかのような気持になるの

であろう、が、それが地獄の一丁目に行く入り口なの

だと浩一は微塵も考えていなかった。


「よし、これで又スタートラインに立てたぞ」


 浩一は闇の中でつぶやいた。浩一にしたって、いい

加減な所はあるにしろ馬鹿ではないので闇金から借り

た金を返せなかったらどういう事になるかぐらいは容

易に想像できた。もし、そうなったら利子が利子を生

みたちまち雪だるまの様にとんでもない額になってし

まうのは眼に見えていた。しかし浩一にはかなりの確

率で借金をすぐにでも返せる自信があった。何といっ

てもこの間まで仮想通貨で稼いだ資産があったという

事実が大きかった。


「この位の、はした金どうって事ない、耳をそろえて

すぐにでも奴らに返してやるさ」


 浩一は、紙袋から出して机の上に整然と並べた三十

万円を睨みつけるように見て、まるで吐き捨てるよう

に言った。だが投資の世界に限らずこの世の中には絶

対にやってはいけない事がある。特に投資する際の原

資は余剰金でやるというのは大原則である。それを生

活費だとかましてや余裕もないのに無理して金を借り

それを投資に充てるなどと言うのは、言語道断な事な

のであるが、今の浩一にはそんな冷静な判断は出来な

かった。焦りが焦りを呼びとにもかくにも以前の様に

ビットコインで一発当てるその事しか頭に浮かばなく

なっていた。それがどういう結果を生むかを考えもせ

ず・・・・・


「俺には、運命の女神がついている。きっと今度もう

まくいくはずだ。きっと絶対に」


 浩一は誰に言うともなく言った。まるで自分自身に

言い聞かせるように。翌日から浩一は精力的に動いた。

やったことは前回とほぼ変わらなかった。まずはこれ

はというコインを厳選して買い相場の様子を見ながら

値が上がるチャンスを待った。柳の下にドジョウは普

通二匹はいない物なのだが果たして浩一が仮想通貨を

購入したあたりから何という事かビットコインが上昇

し始めた。それに呼応したかの様にビットコイン以外

のアルトコイン達もどんどん上昇を始め浩一の買った

いくつかのコイン達も凄まじい勢いで爆上げが始まっ

ていた。浩一の投資した原資はたちまちにふくれあが

って行った。もうビットコインの上昇は、留まるとこ

ろ知らずという風に毎日上昇を続けていき一週間も経

つと前ほどでは無いが浩一の資産はそこそこの額にな

っていた。


「よし、良いぞ俺はまだ運に見放されたわけじゃなか

った。やっとこれで元通りだ。そうだ、ここから俺の

サクセスストーリが始まる」


 浩一は、また笑いが止まらない状態になりつつあっ

た。だが、さずがに前回のように何が起こるか解らな

いという事は学習した浩一だったので、明日にでも日

本円に利確して兎に角この資産を確固たるものにして

置くという事は決めていた。


「よし、今日は前祝いだ。祝杯を上げに町に繰り出す

か」


 浩一自身こんなにうまくいくとは思っていなかっ

た。というのが正直なところだったのであるが、事は

浩一の想定をはるかに超えてとんとん拍子に進んで行

った。正に奇跡だと浩一は感じていた。浩一はしたた

かに酔っていた。まるでそれまでの不遇をなじるかの

ように、しかし元はと言えばその不遇も自分の不遜が

招いたことなのだが、その事は完全に忘れて浩一は勝

利の美酒に酔いしれていた。浩一が酒にうつつを抜か

している間にもビットコインの上昇は止まらずある頂

点を目指すように凄まじく上り詰めて行った。時間は

刻々と進み今日が終わり、明日がまた始まろうとして

いた。その頃、浩一はキャバクラに乗りこみ、まるで

ひと時の青春を無駄に消耗しているかのように見える

若い女神たちに囲まれしたたかに酔っぱらていた。

時刻は、0時30分から0時31分に変わった。その瞬間、

それまで打ち上げ花火のように上昇を続けていたビッ

トコインの動きがピタッと止まった。

 

暫くその位置をキープしていたが一瞬後、その美しく

描かれていた右肩上がりの上昇線はきびすを返すと、

まるで奈落に落ちるナイアガラの滝さながら、真っ逆

さまに落ちて行った・・・・・。

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車8~



 
 2014年2月にビットコイン消失事件が起き、最終

的に500億円相当の被害が出て、同年4月にマウント

ゴックス社は事実上の経営破綻に追い込まれた。

記者会見の放送が流れてあっという間にこのビット

コインの取引高世界一と言われた取引所は崩壊した。

あまりにもあっけなくひとつの会社がこの世界から

消えたのだが、マウントゴックス事件が日本の社会

に残した物は大きかった。ビットコインの信用は地

に落ち、仮想通貨そのものが怪しい、危ない、詐欺

そんなイメージが日本人の頭にインプットされてし

まった。これは、後々判明した事なのだがビットコ

インが消失したのはハッキングが原因ではなく、マ

ウントゴックス社社長のマルク・カルプレスの横領

事件であったのである。つまりビットコインの仕組

みその物には何の不都合はなく、結局一人の人間が

起こした犯罪行為であったのだが、世間の見方は違

っていた。それは、そのときのマスコミの報道の仕

方が、まるでビットコインそのものが悪いかの如く

放送されてしまった為である。

それ故に今になっても日本では世界に比べてビット

コインの普及が格段に遅れるという結果を残してし

まっている。まあ、それはもう少し未来の話なのだ

が、ここは話を現在の浩一に戻してみよう。あれか

らの浩一はまるで、運命の女神から見捨てらたかの

ように不運が続いていた。

所有していたビットコインが全て無くなったのは当

然だったが、無くなる前にビットコインを多少現金

化していたのだがそんな物はすぐに底を尽き、たち

まち生活に困る事になり頼みの綱の母親に連絡を取

ってみたのだが・・・。

 

「もしもし、お袋」


 浩一はかなり切羽詰まった声で母親に言った。


「あ、浩ちゃん・・・・・」


 歯切れの悪い、母親の声で浩一は嫌な予感がした

のだがそれは当たった。母親の声の向こうに浩一の

最も苦手とする父親の声で「おい、携帯ちょっとか

せ」と言っている声が聞こえていた。


「おい、一回しか言わないぞ、よく聞けお前は勘当

だ。お前が今まで紀子から借りた金は手切れ金変わ

りだ。返さなくとも良い、その代わり親子の縁はこ

れで切る以上だ」


 ほとんど、怒号に近い声でそれだけ言うと父親

電話は切れた。こちらも、あっという間に親子とい

う細い糸がぷっつりと切れてしまった。完全に追い

詰められた浩一は、自分のプライドからここだけは

避けていたのだが背に腹は代えられず電話をしてみ

た。


「はい、坂田でございます」


 電話口に出たのは坂田和彦の母親であった。


「あの私は、和彦君の大学時代の学友で中村浩一と

言うものですが、和彦君は御在宅でしょうか?」


 浩一が言った。


「和彦ですか、和彦なら今は、出張でアメリカに居

りますが・・・」


 坂田和彦の母親の返事は、大方予想どうりだった

が、もしかしたら帰って来てるんじゃないかと心の

奥底で思っていた浩一の落胆は大きかった。


「そうですか・・・」


 浩一は丁重にお礼を言って電話を切った。坂田が

もし日本に帰っていたらどうにか頼み込んで坂田が

持っているビットコインを何とか譲ってもらうつも

りでいた。が、その望みは絶たれた。親も頼れない

し、友達もあてに出来ないとなるとこれしか無いな

と浩一はある決心をその時していた。


「仮想通貨の市場は、まだまだ成長を続けている。

そうだまだチャンスはいくらでも転がっている今

回は思わぬアクシデントで失敗してしまったが、

原資となる金さえ用意できればいいんだ」


 浩一は、そう考えていた。そうは言っても浩一

に投資に使える金を作れるあてなど無かった。サ

ラ金と考えたが、サラリーマンでもない浩一に金を

貸してくれるところなんて皆無だった。


「金が用意できれば、金さえどうにかできれば」


 浩一は、頭の中で昨日からその事ばかり考えてい

た。一晩中考えに考え抜いて浩一はある考えに辿り

ついた。

 

「よし、出かけるか」

 

 浩一は、アパートを出るとあらかじめ調べておい

た住所に行くべく電車に乗った。神田駅に程近いそ

の場所に着いた時は、もうお昼近くになっていた。


「ここか・・・」


 季節はもう葉桜の緑が眩しい5月になっていた。

そう大した距離では無かったのだが浩一の額には結

構な量の汗が浮かんでいた。額の汗を手で拭って、

立ちどまり見上げたビルの3階の電飾看板には少し

かすれた文字で、「阿久戸金融」と書いてあった。

 

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車 7~

 


「えー人生を生きて行く上で、、この世の中には三つの

坂があると言われています。先ず一つ目の坂は上り坂、

そして二つ目は下り坂、三つ目の坂がまさかと言う坂で

す」

 

これは、よく結婚式のお祝いスピーチなどで会社の上司

とかがたとえ話に使う事の多いフレーズであるが、その

まさかが浩一の身になんの予告も無しに、青天の霹靂の

ごとく起きたのだった。


「どうなってるんだよ、いったい・・・」


 浩一が、この異変を知ったのはたまたま入ったラー

メン屋に置いてあったテレビの放送でだった。事件の

概要はだいたいこんなものだった。2014年2月某

日マウントゴックス社のコンピューターに何者かがハ

ッキングを仕掛けてきてゴックス社が所有していた大

量のビットコインが一瞬にして盗まれてしまったと言

う事らしかった。

当然、浩一が持っていたビットコインも一瞬にして無

くなってしまった。ビットコインはいくら稼いでも仮

想通貨である限り日本政府の関与するところで無いと

いう利点があって税金の対象外という事だったのだが、

その反面こういう事態になっても日本政府はなんの関

与もしないつまり個人がビットコインでどんなに大損

しても何の救済もしないという事だ。つまり、すべて

は自己責任である。とはいえ、浩一のショックは大き

かった早速ゴックス社に問い合わせの電話をかけたの

だが


「ただいま、回線が大変混雑して電話が繋がりにくい

状態になって大変ご迷惑をおかけいたしております。

御手数ですがこのままお待ちになるか、しばらく時間

を置いてお掛け直し下さい」


 何度掛け直してもこの機械的な女性の声が聞こえる

だけだった。取り敢えず、浩一は渋谷にあるマウント

ゴックス社の本社ビルに行ってみる事にした。案の定、

本社ビルの前には大勢の報道関係者だったり、今回の

被害者とおぼしき人たち(これには浩一も含まれるの

だが)後はいわゆる好奇心だけの野次馬がやっぱり多

数来ていた。


「おい、兎に角中に入れろどういうことか社長の説明

を聞かせろよ」


 多分、被害者の一人と思われる青年が本社ビルの前

に立つ、警備員に詰め寄って叫んでいた。


「それは、残念ですが出来ません。関係者しか入れる

なと指示が来てるもんですから」


 警備員は、頑として入れないぞという顔でこう答え

た。


「ふざけるな、俺たちは被害者だぞ関係者も関係者、

大関係者だろうが」


 そうだ、そうだと周りからも声が上がっていた。

警備員は、最初二人だったが押さえ切れないと見た

のか後から応援の三人が来て五人になっていた。騒

ぎはだんだんと大きくなっていく様相が濃くなって

来て、誰が呼んだのかパトカーや警察官まで来てい

た。たかが一つの取引所で起きた事でここまでの騒

ぎになってしまったのはその被害金額の大きさのせ

いである。それもこれも、ビットコインの高騰のせ

いだったのだが今回ハッカーに盗み取られた言われ

ているその総額はなんと114億円相当との事だった。

その時、警備員を押しのけて独りの男がゴックス社

の正面玄関から出て来た。その手に持っていたハン

ドスピーカのスイッチを入れ男が喋り出した。


「皆様、この度は当社に突然の災難が降りかかりま

して皆様にも多大なるご心配をおかけしております

が、その詳細につきましてマウントゴックス社の社

長が本社社屋で時間は未定ですが、夕方記者会見を

行う事になりました。なお、混乱を避ける意味で中

に入れるのは報道関係者のみとさせていただきます。

以上です」

 
 それだけ告げるとゴックス社の社員と思われる男

は、ビルの中に消えていった。後に残されたものは、

もうこれ以上粘っても中には入れないと諦めて帰る

者や、それでもしつこく帰らず本社前で坐りこむ者

など人それぞれだったが、その中で浩一は一旦家に

帰ることにした。テレビで記者会見の模様が放送さ

れることをそこにいた報道関係者から聞かされたか

らだった。こんな寒い中夕方までこんなところに立

って待っていたって風邪をひくだけだと判断したか

らだ。変える途中コンビニで晩飯用の弁当とビール、

それにおつまみを買ってアパートに戻った時にはも

う午後4時を回っていた。浩一は部屋に入るとスト

ーブを点火し、リモコンでテレビのスイッチを入れ

たがまだ記者会見の放送は始まってなかった。


「取り敢えず、ビールでも飲んで待っとくか」


 浩一は、缶ビールのプルトップを切りおつまみに

と一緒に買って来ていたポテトチップスコンソメ

の袋をテーブルの上にひろげた。部屋にチップスの

香ばしい匂いが広がり1,2枚つまんで、缶ビール

をぐっと飲むとチップスとビールが口の中で混ざり

合い一気に喉を潤して行った。


「カーッ、旨いこの組み合わせは最高だな」


 浩一が、胸の不安をビールで消しながらそうやっ

て時を稼いでいるうちに午後5時になり、マウント

ゴックス社社長の記者会見の放送がやっと始まる所

だった。