【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車2~
二
「いやーっ、お前最高のタイミングで連絡してくれた
わ」
浩一が、ビール片手に満面の笑みで喋っている。 正
面に坐っているのは、坂田和彦という名前で浩一の 大
学の学友だった。
「びっくりだよ、久しぶりに日本に帰ってきたからお前
の顔でも見ようかと思って電話したらいきなり腹減って
るから飯おごってくれだもんな」
坂田はそう言った後、お湯でさっと茹でて少量の塩
を まぶしてある枝豆を指でしごいて中の実を出すその
艶や かな緑が食欲をそそる、それを口に放り込んだ。
「悪かったな、実は色々あって会社辞めちゃってさ金欠
でピンチなんだよ」
二人が飲んでいるのは、昨日店の裏で浩一が散々殴ら
れたあの居酒屋だった。
「お前、また会社辞めたのか?大学卒業してから幾つ
会 社変わってるんだ。それにその顔、腫れちゃってひ
どい 事になってるぞ」
「あっ、この顔かちょっと飲み過ぎてアパートの階段
で 転んじゃってさ・・・・。それより、どうだ商社の
居心 地は又すぐアメリカに戻るんだろ」
「ああ、今度は少し長びくことになるかも知れん取引
の 価格の事で揉めていてな、ほら去年アメリカで起き
た大 干ばつあれが響いてトウモロコシの値段が暴騰し
てるん だよ」
「ふうーん、相変わらず忙しそうだな坂田の事本当に尊
敬するわ、一つの会社によく何年もいられるってな」
浩一が冗談っぽく言った。
「なんか、その言い方だと馬鹿にされてるように聞こえ
るけど」
坂田がちょっとむっとした顔で言ったので、浩一が
大 げさに手を振って答えた。昔からこの男は少し上か
ら目 線の発言が多いのであるが、今日は奢って貰わな
くちゃ という弱みもあって慌てて弁解をした。
「ごめん、ごめん、そう思わせたんなら謝る。失敬
した 。それよりアメリカでなんか面白い事なかった
か?」
こういう立場が危うい場面になると、この男の切り替
えの早さは天才的である。
「そう言えば、今思い出したんだけど何年か前アメリカ
の取引所でビットコインという物を買ったぞ」
「ビットコインなんだそれ?」
浩一が、真顔で聞いて来たので坂田はそれに答える
よ うに話し出した。
「うーん、俺もあんまり詳しくは知らないんだけどな
ん て言ったかな仮想なんとかって言ったな。とにかく
友人 があまりに進めるんで手持ちの金があったんで買
ったん だよ」
ジョッキのビールの泡が下から次々に押し寄せて炭
酸 の小さな気泡で満たされて行く、泡ごとぐっと飲ん
だつ もりだったがいつのまにかまた次の泡の塊が出来
ている 。坂田はそれほど酒が強くないがこの悪友に乗
せられて 結構飲んでいた。当の浩一の方は三杯目の生
ビールを頼 んでいる。
「さっきの、仮想なんとかってお前それ詐欺なんじゃ
な いか食わせ物つかまされたって、とこじゃないの」
「いや、その友人はお前ほど食わせ物じゃないよ」
坂田が本気できっぱり言ったので、浩一は少し鼻白ん
だ顔をして苦笑した。そう言ったものの、 坂田も今の
いままで浩一にそう聞かれるまでは 、それを買ったこ
とさえも忘れていたのだった。
「そう言えば、今朝のワイドショーでやってたな仮想
通貨の事、なんか今話題になっているみたいだけどな」
と、浩一が言った。
「ふーん、そうなんだ。じゃっ欲しかったらやろうか
お前のパソコンのインターネットはまだ生きているん
だろう。簡単に送れるみたいだぞ」
好物のホッケの身を器用にくずしながら坂田が言っ
た。浩一はほんの一瞬考えたが即座に答えた。
「いらねえよ、でも現金なら貰ってやってもいいぞ」
浩一が、冗談とも本気ともつかないことを言ったの
で、坂田は食べていたホッケを喉の気管に入れたみた
いで苦しそうにむせながら言った。
「よく言うよお前な、学生時代に俺が貸した金まだ返
してもらってないぞ」
自分で、藪をつついたのに気づいた浩一はあわてて
言い直した。
「あっ、前言撤回。やっぱり貰えるもんなら貰いた
い わ」
しかし、この一言がこののち浩一の運命を大きく左
右する一言だったとはこの時、坂田も浩一も全然気づ
いていなかったのだ。