星野ヒカルの仮想通貨関連小説

初めまして星野ヒカルといいます。仮想通貨の可能性に惚れこみ自ら仮想通貨の投資をやりつつ仮想通貨を世の中に知らしめたいと思いこのブログを開設しました。

【仮想通貨関連小説】~歪んだ歯車1~

 


歪んだ歯車


 今いる、世界が全てならそれに従うしかない、それは

 そうだろうとは思っている。

多分もう決まっている運命なのだと、自分がどう逆らっ

ても変えようもない事であったとして、それでも違う未

来があるような気持ちには時々なったりする。でも、も

う少し運命の女神が微笑んでくれるとしたら・・・・・

 

 
ドスンと尻もちをついた、痛みは無かった目の前が真っ

 暗になり暫く視界が戻らなかった。

 

漸く眼が元に戻ったとき状況が解ってきた。どうやら俺

は3,4人の男たちにボコられているようだ。記憶があ

いまいで思い出せないが居酒屋で一人酒を呑んでいた事

は思い出した。

 

どうやらこの男たちと何か揉めて店の外に連れ出された

のかも知れない。が、一向に思い出せない、俺はいつも

こうだ結局その夜は散々殴られ蹴られして解放された。

 

「いてててっあいつら手加減というものを知らないのか」

 

 足を引きずってアパートまでは何とか辿りついた。

 

部屋に入るとそのまま寝てしまった少し躰に残ってたア

ルコールが手伝ってくれたようで、布団がいつも敷きっ

ぱなしなのはこういうときに便利だと思った。

 

中村浩一32歳、結婚はしていない当然子供もいない彼

女 もいないが童貞ではないさりとて財産があるわけで

もない。おまけに今は失業中で仕事も無い要するにな

いないづくしのダメ男なのだ。

 

「うわーっひどい顔だな」

 

 あちこち痛むのを我慢しながら浩一は顔を洗い歯を磨

 いた。ないないづくしのダメ男のくせにこういう所は

妙 に潔癖症なのが、不思議な男である。

 

「いよいよ、来月で失業保険が切れるか・・・うーんど

 うするか、まあどうにか成るだろう」

 

 テレビのワイドショーを見ながら浩一は言った。どう

 もこの手の男というのは経済観念というものが少しい

や 随分と欠如しているみたいだ。どうにもならないな

ら普 通は仕事でも探しに行くかという発想をするのだ

が、こ の男はは金がもうすぐ底を突くと解っていなが

ら昨夜も 居酒屋に繰り出したのだ。

 

「さあ、今週のトピックスはこちらの話題です」

 

 ワイドショーの司会者が喋っているのを浩一は何気な

 く見ていた。

 

「今日は、最近話題の仮想通貨について、経済評論家の

 伊藤忠雄さんに詳しく解説して貰おうと思っています

。 では伊藤さんお願いします」

 

 いつものように、取ってつけたような笑顔で司会者が

 コメンテーターを紹介した後、テレビカメラが司会者

か ら経済評論家の伊藤に向く。

 

「はい、それでは最初に仮想通貨って何、という人もお

 られると思いますのでその辺りから話していきたいと

思 います」

 

 伊藤は、ADが持って来たパネルを出してスタジオに

 セットした。簡単な貨幣の流れを書いた物だった。

 

「そもそも、貨幣の始まりと言われているのは最初貝

 だとか石のようなものから始まったと言われています

 。簡単に言えば何でも良かったんですね。それまで物

 々交換していた物を誰かがこの貝とか石にはその品物

 と同等かそれ以上の価値がありますよって、決めたん

 ですねこの場合の誰かと言うのはいわゆる時の権力者

 と言われる人たちです」

 

 それから、伊藤の話は貨幣の歴史に移り、貨幣の種

 類等々こまごまとした説明が続いた。司会者がときお

 り絶妙のタイミングで質問をぶつけて来る。

 

「これで、貨幣という物がどんなものか大雑把ですが

 解っていただけたと思います。さてここで本題の仮想

 通貨の説明に行きたいんですが、これは2008年、ナカ

 モト・サトシと言う日本人がある論文を発表したんで

 すがその論文と言うのが、今日の話題の仮想通貨の概

 念を書いたものだったのです」

 

 一気にしゃべり過ぎたのか、伊藤は咳払いを一回し

 てそれからまた話し出した。

 

「その概念と言うのは、それまでの貨幣の在り方をひ

 っくり返すような内容でした。いままで貨幣は、国が

 これを保証しますからみんなでお金として認めてくだ

 さいよと言う感じで国の保証の元使っていた訳ですが

 この論文の仮想通貨と言われるものは、あくまでもイ

 ンターネット上ではありますが、後で説明しますブロ

 ックチェーンと言う技術を使って国ではなく、簡単に

 言うとその仮想通貨を使っている大勢の個人が管理す

 るいわゆる中央集権型ではなく」

 

「プチッ」そこまで聞いて浩一はテレビのスイッチを

 切った。

 

「くだらねえ・・・・・」

 

 そう言うと、浩一は畳にうつぶせになった、昨夜殴

られた痛みと空腹でテレビのコメンテータの話に

 だんだんと腹が立って来たのである。

 

「腹、減った」

 

 と、浩一がポツリと言ったとき携帯の着信音がまるで

 鳥が鳴いているようにさえづった。

【仮想通貨小説】~仮想の果実 7~



エピローグ

 洋上の潮風が少し日焼けした顔に心地よかった。船室
 
に飽きて甲板に出てきた陽一は深呼吸して胸にいっぱい
 
新鮮な空気を吸い込んだ。日本の港を出てから一週間が
 
過ぎたのだが、まだ夢を見ているような気分が抜けない
 
陽一だった。夫婦は今、豪華客船で世界一周の旅に出た
 
ばかりだった。和彦のマンションを訪れてから一年が過
 
ぎていた。あの後、マンションを出て陽一達は真島さや
 
かと合流したのだが自分の人生の中では一生行く事は無
 
いだろうと思っていた超が付く程の高級レストランで夕
 
食を共にした。
 
「私も、和彦さんから初めて聞いたときは信じられなく
 
て彼が悪い冗談を言ってるんだと思ってました」
 
 手には、ナイフとフォークを持ってさやかが言った。
 
「その気持ち、解る俺なんか和彦が喋ってることなん
 
てほとんど聞いてなくて、これは病院に入院させた方
 
が良いのかななんて考えていたもんな」
 
 陽一はいかにも慣れてないという手つきでステーキ
 
を切り口の中に放り込んだ。その隣では順子がエス
 
ルゴをつまむのに苦労していた。
 
「そうよね、あたしなんか和彦の将来を悲観してポロ
 
ポロ涙ばっかり流していたもの」
 
 順子が言った。
 
「なんだやっぱり、親父たち俺を病院送りにする相談
 
してたのか、ひどいな」
 
 和彦がそう言って、苦笑するとそれを聞いていた陽
 
一も順子もさやかも一斉に笑った。食事が終わってコ
 
ーヒーを頼んだ時、陽一がほとんど聞いてなかった今
 
までの顛末を和彦が話し出した。和彦が買った仮想通
 
貨それが全ての始まりだった。仮想通貨の名前は、ビ
 
ットコインと呼ばれていたのだが和彦がそれを手に入
 
れた当時は仮想通貨そのものがあまり知られてなくて
 
和彦自身もアメリカから帰って来て仕事に忙殺されビ
 
ットコインを買ったことも忘れていた。買った仮想通
 
貨はパソコンのベッドの中で静かに眠っていた。時が
 
来るのを待つように・・・・・。
 
「それから、何年か経ってある日ジョージから突然連
 
絡があったんだ」
 
 ちょっと喋り過ぎたのか、喉を潤すように和彦はコ
 
ーヒーを飲んで話の続きを始めた。
 
ジョージは俺のアメリカの友人なんだけど、そのジ
 
ョージが言うには、いま仮想通貨が大変なことになっ
 
ているから。すぐビットコインの事調べてみろってい
 
うんだ。何のことかさっぱり解らなかったけれど取り
 
敢えずネットで調べて見ると・・・・・」
 
「そ、それでどうなったんだ」
 
 早く、続きをきかせろとばかりに陽一がせかすよ
 
うに言った。
 
「まあ、そう慌てないで、順を追って話すから」
 
 和彦は話の続きを始めた。
 
「俺が、アメリカに出張した時に買っていた仮想通
 
貨、つまりビットコインが信じられないことに約十
 
年で100万倍まで価値が上がっていたんだよ」
 
 陽一も順子も固唾をのんで聞き入っていたが、
 
さやかはこの話は知っていたらしく一人落ち着い
 
てコーヒーを飲んでいる。
 
「このことを知ったのが一年半前だったんだけど
 
、それから自分の気持ちを落ち着かせるのに大変
 
だったよ、だっていきなり大金持ちになった訳だ
 
ろ、起業してそれで成功して成金になったとかだ
 
ったら解るけど、実際は何にもやってなくてある
 
日突然そんな世界にポーンと放り込まれたんだか
 
ら」
 
 和彦は昔のことを思い出すような顔をしてい
 
った。
 
「じゃあ、商社をいきなりやめたのもそれが理
 
由か?」
 
 陽一が確かめるように聞いた。
 
「そう、そうなんだいきなりというか半年くら
 
い考えてなんだけどね」
 
「それなら、そうと言ってくれればいいのに」
 
 順子がちょっと不満そうに言った。
 
「無理だよ、だって自分自身が信じられない
 
事を他の人に理解させるさせるなんて事は
 
到底出来ないと思ったしそれでこれからの
 
事をじっくり考えようと思って会社を辞め
 
たって訳なんだ」
 
 和彦は、それから会社の起業の事や、ビ
 
ットコインを円に利確したときの税金の話
 
とかを陽一と順子の質問も交えて出来るだ
 
け解りやすく話して閉店時間ぎりぎりまで
 
喋っていた。そして一年があっという間に
 
過ぎ夫婦は今、洋上の人となっている。二
 
人とも和彦がそうだったように状況があま
 
りに変わったのでついて行くのに精一杯と
 
いう感じはあるのだが、それでも一年前に
 
比べたら随分慣れてきた。
 
「和ちゃんとさやかさん、パリで挙式する
 
んでしょ」
 
順子が言った。
 
「ああ、その時は二人で港まで迎えに来る
 
って言ってたけど、しかしいまだに信じら
 
れない気分だよ。世界一周の途中パリで和
 
彦とさやかさんのの結婚式に出席だなん
 
て」
 
 陽一は青い海を見ながら独り言のように
 
言った。
 
「そうね、でもこれは夢じゃない現実に私
 
たちは豪華客船の上にいるわ」
 
 しみじみと順子が言った。
 
 船はその巨体に結構大きな波を受けてい
 
るが微動だにもせず進んでいる、まるでそ
 
れは大きな財産を一気に持った坂田家のよ
 
うでもあった。甲板にあまり長くいすぎた
 
せいで少し寒くなった二人は船室に戻ろう
 
とした、その時、少し強い風が二人に吹い
 
た。見ると船の前方に黒い雲が湧き上が
 
っている。どうやら雨になるようだ。そ
 
の黒い雲を見ながら陽一は思わず呟いて
 
いた。
 
「良いことばかり続くはずはない、良い
 
ことばかりは・・・・・」
 
「あなた、何ぶつぶつ言ってるの早く行
 
きましょう」
 
 順子がせかすように言った。夫婦は今
 
まで歩んできた人生の道を歩むようにゆ
 
っくりとでもしっかりと船室の方に向か
 
って行った。
 

【仮想通貨小説】~仮想の果実 6~


暗雲の向こう側

坂井家の住宅は、市街地の中心からかなり郊外の方にあ
 
るので車で飛ばしても市内まで三十分はかかる。走りは
 
じめた車内には妙な空気が漂っていた。今や猜疑心の塊
 
になっている父親は、押し黙ったままだし,息子の将来
 
を悲観している母親は次から次に流れて来る涙をハン
 
カチで拭うのに精一杯の状況だったが、運転している
 
和彦だけはカーステレオから流れる音楽に合わせて鼻
 
歌を歌っていた。市街地に入り暫く走るとマンション
 
が建ちならぶ街並みに変わり始めた。そのマンション
 
群の中でもひときわ目立つ高層マンションの前で車は
 
止まった。
 
「さあ、着いたよ」
 
 と、和彦は言った。
 
「ごめん、ここで降りて待っててくれない?車を駐車
 
場に置いて来るから」
 
 怪訝そうな、顔をしている二人を降ろして車は走り
 
去ったがほどなくして和彦は戻ってきた。
 
「じゃあ、行こうか」
 
「行こうかって、これ誰のマンションだ」
 
 陽一が、そう聞いたが和彦は答えずにマンションの
 
入り口の方に向かって歩き出した。入口付近のフロア
 
ーはいままで陽一も順子も見たことがないくらいピカ
 
ピカに磨きあげられた大理石で、そこを通り過ぎると
 
自動ドアがあり,その先には指紋認証の為に壁に埋め込
 
まれたディスプレイがあった。このマンションはかな
 
りセキュリティが厳しい場所のようだった。
 
「こっちだよ」
 
 和彦が指し示した方向にエレベーターはあったが、
 
ちょっと引き気味の両親をエレベーターに押し込む
 
ように乗せると和彦は最上階のボタンを押した。エ
 
レベーターの中でも車と同じく沈黙が続いていたが
 
、あっという間にエレベーターは最上階に着いてし
 
まった。呆気に取られている両親を部屋に招き入れ
 
ると和彦は言った。
 
「ようこそ、僕の会社へ」
 
「えっ!」
 
 陽一と順子は同時に大きな声を出した。確かに
 
言われてみれば住宅というよりも事務所に近かっ
 
た。部屋は約二十畳程はあろうか、間仕切りなど
 
はなく広々とした部屋に事務用の机が三、四台あ
 
りその上には所せましといくつものパソコンが並
 
んでいた。パソコンのディスプレイには何やら株
 
の相場のようなグラフがせわしなく上下してい
 
た。
 
「和彦、本当にお前のマンションでお前の会社
 
なのか?」
 
 陽一は、まだ信じられないというような顔を
 
している。順子も気持ちは陽一と同じだった。
 
「そう言うだろと思って、これを用意してたよ」
 
 和彦はそう言うと、机の上を指でコツコツと
 
つついて書類らしいものを出した。一冊目の書
 
類には譲渡契約書、二冊目には権利書と書いて
 
あった。渡された書類にひととおり目を通した
 
陽一が和彦の方をみて言った。
 
「ふぅむ、どうやら権利書も契約書も本物みた
 
いだな」
 
「当たり前だろ、正真正銘本物なんだから」
 
 和彦が不満そうに言った。
 
 もう一度、書類のある部分を見て陽一は「
 
えっえー!」と又、変な声をあげた。隣にいた
 
順子が何ごとかという顔をして陽一を見た。
 
「ここ、ここを見てみろよお母さん」
 
「何よ、何なのよ一体」
 
 そう言いながら、陽一が指さしたところを見
 
た順子の目が釘付けになり眼を見開いたまま止
 
まってしまっていた。
 
「一億二千万・・・・・」
 
 陽一が呻くように呟いた。それはマンション
 
の譲渡金額であった。

【仮想通貨小説】~仮想の果実5~


求めない誤解

 陽一と順子は、二階の和彦に聞こえないように気を使
 
いながら小声で話しをしていた。和彦はまだ寝ているよ
 
うだ。夫婦の話の中心はどうやって和彦を怒らせずに病
 
院に連れて行くかだった。あれから陽一は、和彦から自
 
分がいかにして億万長者になったかという話を聞かされ
 
たのであるが陽一は、黙って「うん、うん」と頷いてで
 
きるだけ和彦を刺戟しないようにおとなしく聞いていた
 
。もちろん、話の内容などはほとんど聞いていなかった
 
。ただ、陽一は、和彦が不憫でならなかった。和彦は仕
 
事に疲れ人生に疲れ何もかも投げ出してしまったに違い
 
ない、そして空想と現実のはざまでその矛盾に耐えきれ
 
なくておかしくなってしまったんだ。きっとその中で生
 
まれたのが、あの空想通貨だったに違いない、というの
 
が陽一の出した結論だった。
 
「病院、どこに連れて行くかなお前どこか知らないか?
 
 
 陽一が囁くように順子に聞いた。
 
「私の、知り合いにそれ関係の病院を知っている人が
 
いるからちょっと聞いてみるわ。
 
それよりあちらの親御さんには何て言ったらいいのか
 
しら」
 
 陽一は、腕組みしながらリビングのサッシのガラス
 
から見える景色を見るともなく見て答えた。
 
「まだ、俺たちに伝えたくらいで向こうの親には言っ
 
てないんじゃないか」
 
「それなら、いいけど、まさかあの大金持ちって話は
 
してないでしょうね?」
 
 順子が、溜息をつきながら言った。一応、陽一は順
 
子に昨夜の話をかいつまんで伝えていた。そのときの
 
順子の愕き、落胆は尋常じゃなかったが夫婦の結論は
 
、若い二人を出来るだけ傷つけない方法で別れさせる
 
ということに決まったのである。
 
「さやかさんが可哀そう」
 
 順子が涙目のか細い声で言った。
 
「うーん、二人には可哀そうなことになるけど、こ
 
れが最善の方法だと思うぞ」
 
「誰が、可哀そうだって?」
 
 テーブルを挟んで話しこんでいた夫婦の真上から
 
突然声がしたので、「うわ!」「ひえ!」と言葉に
 
ならない奇声をあげて二人は思わず椅子から立上っ
 
てしまった。
 
「なに、二人でコソコソ話し合ってんだよ」
 
 いつの間に、来ていたのか和彦が夫婦のうしろに
 
立っていた。
 
「いや、なに、その、なんだ何でもないんだ。あっ
 
、そうそう遠い親戚の話だよ。なあ母さん」
 
 陽一は、慌てまくってしどろもどろに答えた。
 
 順子は順子で、何よ私に振らないでよと言わ
 
んばかりに陽一を睨んだ。
 
「どうせ、俺を病院送りにする相談でもしてい
 
たんだろう」
 
 図星を当てられて、陽一が焦って弁解したが
 
額に変な汗が出ていた。
 
「違うんだよ和彦、さっきの話は遠い親戚の話
 
だ」
 
 陽一の、あせっている様子を見ながら和彦は
 
椅子に座った。まだ寝起きらしく頭は寝ぐせが
 
ついたままボサボサである。
 
「母さん、コーヒー入れてくれない?」
 
 順子は、まるで壊れ物でも扱うかのようにお
 
どおどとして台所に立った。
 
「はい、はい今すぐ入れてあげるからね。落ち
 
着くのよ、とにかく落ち着いて」母親に入れて
 
もらったコーヒーを一口、二口呑んだところで
 
和彦が口を開いた。陽一と順子の夫婦は少し上
 
目遣いに自分たちの息子が何を言い出すのかと
 
戦々恐々としていた。
 
「あのさ、そんな目で自分の息子を見るのはや
 
めてくれないかな」
 
 和彦は、少し非難するような眼で二人を見て
 
言った。夫婦は黙って和彦の言う事を聞いてい
 
た。
 
「多分、こういう事になるだろうなと思って中
 
々言い出せなかったんだよね。親父たち
 
の反応は予想通りだったよ、言っとくけど俺は
 
頭がおかしくなんかなっていないよ」
 
 親としては、息子の言うことをできれば信じ
 
てあげたい、でもあんな突拍子もない話は信じ
 
られない、というのが正直な気持ちだった。
 
「お前の、話は現実味が無さすぎる」
 
 陽一が言った。
 
「私もそう思うわ」
 
 続けて順子もそう言いながら頷いた。
 
「解った、じゃあこうしよう今から街に出よ
 
う。そこで俺の言ってることが本当だって
 
こと証明するから」
 
 それから、しぶしぶ承諾した二人を連れて
 
和彦、陽一夫婦の三人は春の日差しが初夏の
 
ように熱く照り付ける中を陽一の愛車で出か
 
けて言ったのである。
 

 

【仮想通貨小説】~仮想の果実 4~

 
 
四 
 
霧の中
 
 陽一は、書斎で酒の酔いを醒ましていた。夕食を食べ
 
ながら切り出した二人の大事な話というのは、やはり結
 
婚の事であった。夫婦ともだいたい察しはついてはい
 
た。
 
とはいうものの具体的に結婚の二文字が出てくると少し
 
だけ気おくれする感じは否めなかった。二人の今後を考
 
えると正直素直に喜べない自分達がいた。これが、一年
 
前のまだ商社に勤めている頃なら諸手を上げて万歳三唱
 
したいくらいだったが・・・・・。 
 
しかし、まあ二人とも親が反対して止めるような歳はと
 
っくに過ぎている、が、やはり心配が次から次にさざ波
 
のように陽一の胸に押し寄せてくるのだ。
 
 「和彦一人なら別にどうとでもなるが」
 
 しかし、事はそんなに簡単ではないと思うのだ。何よ
 
り、さやかさんがいる、これに子供が出来たとかそう
 
いう事態になればどうなるか…だいいち結婚式までに
 
仕事が見つからなければ、俺はどんな挨拶をするんだ
 
 
 「えー。息子の和彦はただいま無職で実家に居候し
 
ていまして・・・・・」
 
 だめだ、だめだ、だめだ、そんなこと言える訳ない。
 
それにこんな状況だとまず相手の親が反対するだろうし
 
、親どころか親戚一同大反対だろう。
 
 「まあ、反対されても結婚は出来るだろうが問題はそ
 
の後だ。実際問題として結婚には金がかかる」
 
 最初は良い、二人とも熱に浮かされているようなもの
 
だ。でも問題はその熱が冷めた時だ。結婚式しかり新
 
婚旅行もそうだ二人が住む家はどうするんだ。そうと
 
うな金がいるぞ、二人ともいい歳の大人なのだから貯
 
金はあると思うけど、しかしそれもいつかは底をつ
 
く、金の切れ目が縁の切れ目そこで二人は決定的な破
 
局を迎える。などと、エンドロールのように、陽一が
 
らちも開かないことを考えていたら彼女を送って行っ
 
た和彦が戻ってきた。
 
そしてまもなく書斎のドアをノックする音が聞えた。
 
 「親父、いる?入るよ」
 
  和彦が入って来たが、その手には缶ビールを二缶下
 
げていた。それから約一時間くらい和彦は話をした
 
が、それはにわかには信じがたい話だった。なぜ、
 
和彦が缶ビールを持って来たのかそこではじめて解っ
 
た。酒を呑みながらじゃないととても聞けない話だっ
 
たのだ。
 
 和彦の話は、商社にいた頃の海外出張から始まった。
 
その時は、牛だか馬だかの飼料用のトウモロコシの買
 
い付けでアメリカ中を飛び回っていたらしいのだ。 
 
当然、顧客である農家だとか買い付けに関係する業者
 
だとかをもてなすパーティも、結構開いていたみたい
 
なのだがその中の、一人と懇意になり友人になったア
 
メリカ人がいてその友人が本業とは別にその当時はや
 
り始めていたネットビジネスとかをしていたらしい。
 
その時にその友人から強く勧められてある物を買った
 
らしいのだが・・・。
 
 「それがさ、仮想通貨」
 
  和彦が缶ビールを一口飲んで、にやりとして言っ
 
た。
 
 「仮想通貨?なんだそれ」
 
 「仮想通貨、正式には暗号通貨というんだけど、
 
まあ簡単に言うとネット上だけで取引される通貨の
 
事だよ」
 
 「???」
 
  陽一は、それこそ狐に化かされたような顔をして
 
和彦を見ていた。
 
 
「それは、つまり株とか投資みたいなその類の話な
 
のか」
 
 
「うーん、それとはちょっと違う感じだね。まあ、
 
似て非なるものって事かな」
 
  和彦は、陽一にどう説明したら解ってもらえるか
 
と少し困った顔をしてビールをもう一口飲んだ。
 
 「おいおいおい、それは違うだろ和彦、困った顔を
 
するのはこっちだよ!」
 
  陽一は心の中でそう叫んだ。息子が訳の解らない
 
ことを言いだしてついにこいつ・・・・みたいな気
 
持ちになっているのに、どうしたら良いんだよてな
 
感じで困り果てた顔をするのはこっちだろう。
 
 「いいや、回りくどい説明より簡単に言っちゃうよ
 
。今すでに俺、大金持ちなんだよ、いわゆる億万長
 
者」
 
  陽一は、もはや呆気に取られるを通り越して茫然
 
としていた。書斎の窓からおぼろにかすんだ月が見
 
えていた。陽一の心はもやのような霧の中に包まれ
 
て失望と絶望感に覆われてしまった。
 
 「和彦・・・・・」

【仮想通貨小説】~仮想の果実 3~ 


宴の日

 坂田家には、いわゆる猫の額ほどの庭がある。その庭
 
に入る門柱のステン製の扉を開けると右側に見るからに
 
貧弱そうな雑木がある。
 
多分どこかの鳥が種子を運んできたものだと思う。なぜ
 
なら夫婦にはそれを植えた記憶がなかった。それから玄
 
関の脇に申しわけ程度の小さな菜園があるが、そこは順
 
子のお楽しみの場所だ。
 
「今年はキュウリとじゃがいもそれにミニトマトを育て
 
るつもり、去年キュウリが虫に
 
やられて全滅しちゃったから今年はそれのリベンジっ
 
てとこかしらね」
 
 陽一は、順子の言葉を聞きながら全然別のことを考
 
えていた。和彦の事である「あいつはいったいこの先
 
どうするつもりなんだろう。仕事のこともそうだし、
 
今つき合っている彼女のこともあるし・・・・・」
 
「ねえ、聞いてる」
 
 順子は肥料袋のビニールを破りながらこちらを睨
 
んでいた。
 
「あなた、いつもそうよね人の話をうわの空で聞い
 
てる」
 
 手のなかに抜いたばかりの雑草を持っていた陽一
 
が少しあわてた感じで答えた。
 
「聞いてるよ、ジャガイモのリベンジの話だろう」
 
「違うわよキュウリよキュウリやっぱり聞いてなか
 
ったのね」
 
「ごめん、ごめん」と言いながら、陽一は別の話に
 
すりかえて言った。
 
「今夜、ほら何て言ったかな和彦がつき合っている
 
。さ、なんとかさん」
 
「さやかさんよ、もういい加減覚えないと失礼よ」
 
 あっ、そうかという顔をして陽一は手拭で額の汗
 
を拭きながら言った。
 
「今夜、そのさやかさん来るんだろう?」
 
 順子は、少し呆れた様子で肥料を土にやりながら
 
答えた。
 
「そうなの二人から大事な話があるって和ちゃん言
 
ってたけど何かしらね、まあだいたい想像はつくけ
 
ど…」
 
「・・・・・」
 
 土は日光に当たり過ぎたのか、少し水気が足りな
 
い色をしているがいい感じに耕されているようだ。
 
それから、一時間ほど菜園の手入れをしてから二人
 
は家の中に入った。日はまだ高く夕方にはまだまだ
 
早かったが今夜招待するお客さんの用意をしなくて
 
は、ということで夫婦は早めに切り上げたのだっ
 
た。
 
 

 

【仮想通貨小説】~仮想の果実 2~

 
 

春の日の来訪者

「はーい、今行きます」
 
 妻の順子の声が聞こえ、玄関を開ける音がし続いて若
 
い女の声がした。
 
「こんにちは・・・」
 
「あのー、どちら様でしょうか?」
 
 順子のちょっと警戒するようなそれでいて少し嬉しそ
 
うな声がしていた。
 
「あの・・・和彦さんはいらっしゃいますか」
 
「和彦ですか。はい、おりますけど・・・あの失礼です
 
けどお宅様はどちら様でしょうか?」
 
 そこまで聞いて、陽一は書斎を出てさりげなく玄関を
 
見た。順子の前に、二十四、五くらいに見える若い女性
 
が少しはにかんだ様子で立っていた。
 
「すみません申し遅れました。わたし、和彦さんが以前
 
働いていた会社の同僚で真島さやかと言います」
 
 陽一が、リビングに入ろうとしているのに気づいた彼
 
女がお辞儀を軽くしたのであわてて返した。
 
 「あ、じゃあちょっとお待ちください」
 
 そこまで言うと順子は二階に向かって声を張り上げ
 
た。
 
「和彦、和ちゃんお客さんよ。下りてきて」
 
 リビングで陽一と順子は黙ってコーヒーを飲んでい
 
る。部屋中にコーヒーの香が漂っていた。半分ほど
 
飲んだ所でもう我慢が出来ないという風に順子が口
 
を開いた。
 
「ねえ、あのお嬢さん和彦の彼女かしら、あなたどう思
 
う?」
 
 陽一は、残りのコーヒーをいっきに飲んだ苦みが少し
 
口に残った。
 
「・・・・・」
 
「和ちゃん、結婚とかいろいろ考えているのかしら?」
 
 のん気でいいな、この人はと陽一は思っていた。だい
 
たい結婚してからがそうだった。彼女には危機感という
 
ものが無い、いや、あるのかもしれないがあまり人前で
 
は見せないのだ。まだ、二人が若く和彦が幼かった頃わ
 
が家の経済状態はかなり厳しかった。仕事は頑張ってい
 
たが、なにせ給料が安かった。働いても働いてもなかな
 
か貧乏所帯からは抜け出せなかった。そんなこんなで、
 
ついイライラして彼女にもろに感情をぶつけてしまった
 
ことがあった。そんなときでも彼女は泣きもせず、いや
 
本当は俺の知らないところで泣いていたのかも知れない
 
が・・・・・。
 
「何とか、なるわよ」が彼女の口癖だった。今となって
 
みればそれに随分と救われたような気がするが。
 
「ねえ、聞いてる?」
 
 順子に、そう言われて陽一は、コーヒーカップを手で
 
もてあそびながら言った。
 
「あぁ聞いてるよ、でも仕事もしていないのに結婚がど
 
うのとかの話じゃないだろう」
 
「そりゃあ、そうなんだけど…そんな事、何とかなるん
 
じゃないの」
 
 ほら、やっぱり出たと陽一が思った時、二人が二階か
 
ら下りてきた。和彦は外出する格好をしていた。
 
 「ちょっと、出かけてくる」
 
 和彦が靴を履いているその隣で、さやかが笑顔まじり
 
の元気な声で言った。
 
「おじゃましました。これで、失礼します」
 
「まあ、まあお構いもしませんで」
 
 玄関の上がり框のところで、順子が愛想笑いの挨拶を
 
した。
 
「和彦、遅くなるのか?」と陽一が聞いた。
 
「ああ、だから今日は夕食の用意はいいよ」
 
 和彦と真島さやかと言ったお嬢さんを見送った後、夫
 
婦二人は期待と不安が入り混じった妙な気分で書斎と台
 
所に戻っていった。